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45.Mさん

ご無沙汰して申し訳ありません。


45回目の『いわきの生の声』を掲載しました。今回は『M さん』が書いてくれました。


2012年3月11日 いわき市に住む私の母親は、東京に住む私と妹の家 にいた。前日から泊まりに来ていたのだ。 私は3月11日が近付くに連れて、 メディア全体が震災 という色に染まっていくように感じた。 当然といえば当然なのだが、何か違和感を覚えなが ら。

「復興の兆し」「絆」「忘れない」「まだまだ長い道 のりが~」「がんばろう!」

メディアが担う役割を理解していないわけでも、 斜に かまえるつもりも、ひねくれるつもりも無かったが、 私たち家族はテレビを観る気持ちにはなれなかった。 地震のことを思い出すことが辛い、という理由だけ ではない。

「いつまであたしたちに可哀そうでいろって言いたい わけ。」 母親がぽつりと言った。

テレビから流れる言葉のひとつひとつと、 私たち家 族3人の気持ちとの間には、よく分からない温度差が あった。

支援は、本当に有難い。正直、 今のいわき市があるの は多くの地域や国からの支援があったからだと、本気 で思っている。 原発事故による風評で、 一時ゴーストタウンとまで呼 ばれたいわき市で、人が生活できているのは、 多方面 からの支援によるところが大きい。

私が言いたいのは、だからと言って、私たち家族は、 そしていわき市は、決して「可哀そう」な存在ではな い、ということである。 いわき市は自分の足で立とうとしている。 今はまだ誰かの手や知恵を借りないと、立てない状 況かもしれないが、確実に立ち上がろうとしている のだ。

私の生まれ育った、いわき市常磐湯本町の駅前には新 しいカフェができた。 西郷にある能満寺(小学生の遠足スポット) の近くには 新しい雑貨屋さんができた。 浪江から避難してきた人が開いた浪江焼きそばのお 店は結構流行っている。 現実から目を背けず、今日という日を紡ごうと、 懸命 に生きている。 そんな人や思いを「可哀そう」なんて、誰が言えるも のか。

私たちは不幸ぶるつもりもありません。 だけど、私たちの力だけではできないことが存在す ることも紛れもない事実です。 その時は、助けてください。手を貸してください。 挫 けそうなときは慰めてください。 何をするでもなく、困ったときに「助けて!」 と言え る存在がいること。 それだけで私たちは頑張ることができます。

いつもとは言いません。 たとえば時計の針が2時46分 を指したとき、たまたま見たカレンダーに11日があっ たとき、フラガールのDVDがレンタルショップに並ん でいるのを見たとき、常磐線使ったとき、 そんないつ もどおりの過ぎゆく時間のなかで。 その数秒、ほんの一瞬だけでも、いわき市のことを考 えたり、想像したりしてもらえたら、それが私たちの力です。
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