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37.Aさん

37回目の『いわきの生の声』を掲載しました。今回は『Aさん』が書いてくれました。


2011年3月11日。
私はあのとき、大学の部活動の春合宿で福島県棚倉町の練習グラウンドにいました。
練習中に感じた、揺れ。
でかい。いつもと違う。なんだこれ。
瞬く間に、立っていられないほどの大きな揺れになり、
近くのマンションのアンテナがへし折れるくらいに左右に撓っていて、地面からは地響きが轟音となって鳴り響いていました。
練習から帰ると、そこら中が大騒ぎ。
火事、土砂崩れ。家屋倒壊。
テレビをつければ、津波に飲み込まれる車、人の映像。福島第一原発の水素爆発。
それからも・・語りつくせないほどのいろいろなことがありましたよね。
あの非日常的な事件から、早いものでもうすぐ1年が経とうとしています。

いまや、「サンテンイチイチ」なんて言葉が定着してしまったけど、
言葉だけじゃなくて、あの時の衝撃とか大変さとか思いやりとかってちゃんと日本人の中に残っているのでしょうか。これが最近私の考えることです。
お恥ずかしい話ですが正直、東京で生活してるとたまにあの出来事が、単に悪い悪い夢だったんじゃないかなと、思えてしまうことがあります。
それくらい、こちらでは日常を取り戻している感じがします。
スーパーで米やトイレットペーパーがなくなることもないし、節電掲げながらもイルミネーションは一晩中点いています。
私の周りの人たちも、(気を遣ってくれてるのかもしれませんが)敢えて震災のことを話題にすることはありません。
世間が前向きに進んでいるということですよね。

でも、同時に今でも苦しんでいる人がたくさんいるということは決して忘れてはいけないことだと思います。
命を生活を一瞬で波に持っていかれた人がいるということ、原発事故で故郷を出ていかざるをえなくなった人がいるということ、風評のせいで農作物が売れず生活が苦しくなっている人がいるということ。
前に進むことは必要ですが、震災で今も苦しんでいる人々の心に寄り添っていくことも忘れてはならないことだと自分の中で思っています。

去年の漢字は「絆」でしたね。
確かに日本中の絆が深まった気がします。
でも、“震災があったから”絆が深まった、なんて思いたくない。
震災なんて始めからない方がいいに決まってる。
上っ面の「絆」にならないためにも、本当の意味で被災者に寄り添う姿勢を自分なりに考えることがこれから必要だしそれが真の意味の復興に繋がるのかなーと思っています。
人それぞれ違えど、できることが必ずありますもんね。

わたしも今年の春から、社会の歯車となるわけですが、一いわき人としての誇りを持っていきたいとおもいます。
いわき市が、真の意味の復興を遂げ、みんなにこれからも一層愛される町になりますように。
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